2010年06月29日

神葬祭と呼ばれる神道の葬式

神道の葬儀は、神葬祭と呼ばれる。神道には死を穢れたと考えているの聖域である神社では葬式は一般的に進行し、故人の自宅か葬斎場としている場合が多い。現在の形の神葬祭は江戸時代でも、神葬祭を陰ながらも連綿と伝えてきた神社と社家の祭式思想、伝統などを占拠している。式の時に中央の祭壇の横に遺影を置き、祭壇の後ろに置かれた棺の後ろ、銘旗と呼ばれる故人の名前が書かれた旗を立てることができる場合が多い。そしてその周りに灯明、榊、供物などをあしらえたりする。 一般的な実用的な流れは、まず神職は塩湯や大麻などを使用して、遺族との参加者および会場を祓い清める修祓を実施する。そして神職で、祖霊に供物である神饌を提供する。神職は祭詞を奏上で故人の生前の業績を示す遺徳をしのびながら、先祖の霊になって遺族を守って与えることを望む。参加者は、玉串をささげ二拝二拍手一拝を実施し、故人をしのぶ。このとき拍手は、音を立てない"しのび手"で行う。 また、神道は、墓地の"奥津城""奥つ城"(おくつき)と呼び、墓石に"○○家之奥津城(奥都城)"と表示されている家が多い。石碑の頂点を烏帽子に見立て、削るなどの外見上の違いがある。 "霊爾"(れいじ。仏教の位牌にあたる)を祀る場合は仏壇の代わりに、御霊舎(みたまや)のままにします。 最近の葬儀は、ほとんど仏式で営まれており、これは江戸時代に寺請制度(てらうけせいど)をはじめ、仏式の葬儀が一般化されたことによるものだ。一方、江戸時代には日本独自の葬儀の様子を確認する運動が起こり、明治になって神道の葬儀を行う一般的に認められるようになった。最近の神葬祭が仏葬より経済的な場合が多い点や、仏教渡来以前から日本独自の祖霊信仰立ち返ろする思想など、増加傾向にある。 天理教・金光教などの教派神道も、神葬祭をもとにした、永代供養の葬儀がある場合が多い。
posted by vmrzmmgjdlnpenhrimvv at 18:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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